東日本大震災 GPN 応援プロジェクト

被災地支援を考える視察会

■日時:平成23年11月4日(金)〜11月5日(土)

■参加者:企業・行政機関・民間団体・個人(27名)

■主催:グリーン購入ネットワーク

■協力:みやぎグリーン購入ネットワーク

11/4(金)
富士ゼロックス宮城(株)に到着
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仙台市様よりご報告
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●仙台市役所 環境局次長兼環境部長 小林 陽一氏
東日本大震災の大きな混乱の中で、膨大な損壊家屋解体がれきや津波漂着がれき等をいかにして手際よく、迅速に収集し、50%以上のリサイクルを目指して処理を進めている仙台方式の進み具合と、津波による大規模自然改変が起こってしまった蒲生干潟の状況等の講話を頂いた。

富士ゼロックス様よりご報告
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●富士ゼロックス(株)(IT商品の販売・保守サービス業)
 取締役 大堀 隆夫氏
大震災の発生後、阪神の震災も経験している社長のリーダーシップのもと、会議室を大部屋の災害対策本部とし従業員の安全確保、社会貢献、お客さまとの連携・連帯の強化の三点を旗印に復旧・復興に向けて。お客様との絆を強化しその中で従業員の意識がどのように変わったか、また今後の企業運営にどう生かしていくのか等の実例。

井戸搬入場(がれき等搬入場)視察
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吉岡様ご報告、工場見学

●(株)吉岡 (鉄鋼二次製品の加工及び販売、建設用資材の販売)  専務 初谷 博氏

東日本大震災により被災されましたが、関係者様のご助力により6月11日(土)より生産活動を再開、震災発生から復興に至る状況や防災等に係るお話

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工場内部
場内で説明中の初谷専務
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蒲生干潟見学

仙台市環境局環境部環境都市推進課 金田芳典氏による蒲生干潟、周辺地域による状況説明 蒲生干潟周周辺の住宅地は殆ど流失し基礎しか残っていない状態。東日本大震災の影響で干潟部分の大部分が土砂で埋め尽くされ、海岸との境界はなくなり貝などの生態系に深刻なダメージを与えた。少しづつではあるが、魚等の生物が戻りつつあるが時間はかかるだろう。

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海岸の向こうの土砂とタンク
被害状況状況を説明する仙台市 金田氏
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元祖日本一低い山日和も被害を受け崩壊
津波流出により周辺住宅の基礎だけ残る
次の移動まで時間的余裕があったので石巻海岸地域をバスの中から視察
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南三陸ホテル観洋 到着 女将阿部様よりご報告

津波により大浴場のガラスが破壊され、2階まで浸水。状況が落ち着き次第、従業員を一度は家に帰すことを決定したが、雪が降りしきる中を帰してよかったのか、携帯等の連絡手段も遮断された状態だったので非常に不安であった。浸水による復旧は最優先で行い、何とか約600名の被災者をホテルに受け入れることができた。電力が完全に復旧し、食料についても不足分は複数で分け与えるような努力を行った。一番問題となったのは水や薬の不足である。電力復旧後は未曾有の大災害で行政の動きは早く無いだろうと予測し、ネット等で情報の収集を行った。若い従業員が海水を淡水化する装置をメーカーが提供する用意があるという情報を掴み、装置の提供を受けるのに時間はかかったが何とか水不足の問題は解決できた。栗については警察の方が被災地の見回りに来ていただき、薬が不足している等の要望を訴えることが出来て本当によかった。
8階には子供たちに学ぶ環境を整えるために寺子屋を解説、1階には各地から提供をうけた本などを集めた図書コーナーをつくった。今回の震災で一番活躍したのはツイッターによる情報発信である。どこの地域が被害を受け、どこの地域が復旧しつつあるかリアルタイムに伝えることができるツイッターは被災地には重要なツールの一つであることを再認識した。ぜひ多くの方に被災地を自分の目でみて肌で感じて、現状を見てもらいたい。

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講話を行う女将
女将の講話に熱心に耳を傾ける参加者
宴会場にて交流会
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11/5(土)
南三陸ホテル観洋を出発
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ホテル玄関〜次に向けて出発
見送りを行う従業員
鉄骨だけになった防災庁舎
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南三陸を襲った津波の凄まじさ
防災庁舎の前には献花台
(株)阿部長商店 お魚いちば、気仙沼プラザホテル クリスタルホール

株式会社 阿部長商店  営業統括本部 気仙沼ブロック 復興準備室室長 武田 覚氏
地震は大きな揺れで立っていることが難しいほどであった。津波警報発令後、全従業員とも避難を開始しようとしたが、何人かの従業員は自家用車での避難を行おうとしていた。車では逃げることは困難と判断し、従業員から車のキーを預かり、徒歩で山を登り、脱出をおこなった。建物の被害は比較的軽微ではあったが周辺地域の商店街など津波による被害と地盤沈下により、大潮が来ると冠水する。住宅地であれば瓦礫等の撤去の要望は行政に直接届けられるが、周辺は商業地域であるため、意見が上手く行政に伝わらず、瓦礫が撤去されないままであるのが今の気仙沼沿岸地域の現状である。我々事業者が声をあげて訴えていくしかない。あれから8ヵ月後、震災による緊張感が和らいできたのかモチベーションが下がってきている。これを打破するため何とかやる気を出すような工夫が必要だ。

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各種魚の刺身、わかめ、海苔、フカヒレスープセットなどなど
海苔などの海藻類は震災の被害の為、去年のものが売りに出されていた。

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講話を行う阿部長商店 武田氏
震災の生々しい体験談 固唾を飲んで聞き入る参加者
(株)石渡商店様よりご報告

株式会社 石渡商店  専務取締役 石渡 久師氏
母子家庭の従業員1名が津波の犠牲にあった。社屋、工場周辺は震災後、自衛隊による規制が敷かれていたが、何とか会社敷地内に入ることができ、従業員総出でクレーンなどを使って瓦礫の撤去に当たった。最近、環境に配慮したノンフロンの冷蔵庫を導入した矢先の震災は当社にとって大きな痛手となった。 会社の再起を一度は諦めかけていたその時、これまで築き上げてきた「ふかひれブランド」終らせてはいけないと兄弟で話し合い、会社復興を誓い合った。サメの水揚げは行うことは出来るが加工する工場が無い。現在日本では塩釜、銚子だけ加工ができる。未曾有の1000年に1度の大災害であるために行政の対応は遅くなると予想。会社再建のためには自分たちであらゆる情報を集めていた、知り合いからミュージックセキュリティーズ株式会社による復興ファンドの情報を得た。運営会社(ミュージックセキュリティーズ社)が投資家から復興等のための資金(投資、寄付など)を募り、復興希望の事業者を応援する制度である。再建するまで事業者は進捗状況報告を運営会社、投資家へ随時行う。担保は不要であり、元本を返す必要はなく。出資者に投資した会社の製品の初回ロット(ふかひれ)製品を口数に応じて送付等を行うといった、復興を目指す事業者、投資者にとって双方メリットがある制度である。この制度を利用して旧倉庫における一部製品の製造開始の目処や、新工場の一部操業の開始を目指していきたい。今回の震災では多くのことを学ぶことができた。会社の完全な再建に向けて従業員共々頑張っていきたい。

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社屋の概観、壁に大きくあいた穴が痛々しい
津波で流れてきた瓦礫などが衝突した跡
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被害状況の説明を行う 専務取締役 石渡さん
津波が襲った高さ

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